【体験談11】卵子提供:出産時のご年齢 45歳

※卵子提供を選択し出産された日本のお客様ご本人からのメッセージを、ご記入そのままの内容で記載しています。
Q. これまでの不妊治療歴、経緯を聞かせてください
A. 30歳頃より徐々に生理が不順になり、35歳で結婚した際、すぐ最寄りの婦人科で検査をすると、早発閉経と診断されました。
その診断後、大学病院やいくつかの不妊治療クリニックを訪れましたが、最終的には、職場に近いクリニックに決め、仕事を継続しながら治療をしました。
Q. 卵子提供を選ばれたきっかけ、お気持ちを聞かせてください
A. 40歳を機に、治療を止めようと思っている旨を不妊治療クリニックの医師に相談したところ、養子縁組と卵子提供の選択肢を紹介されました。
妊娠・出産の可能性が残っているのなら、卵子提供に挑戦してみようと思ったのがきっかけです。
Q. 海外(台湾)での治療に不安はありませんでしたか
A. 日本で通っていたクリニックで紹介された台北の卵子提供クリニックが、来日して説明会をすることが分かったので参加してみました。他の台湾のクリニックや、アメリカのエージェントも同じ頃に説明会を開催していたのでそちらにも参加したのですが、そのうちの一つが大新生殖中心でした。
陳院長はじめとするスタッフの皆さんの誠実な対応や暖かい雰囲気に惹かれ、大新クリニックに決めましたが、その決断は間違っていなかったと思っております。
日本語でのやり取りも問題無く、質問や疑問に対するレスポンスも早急で的確でした。台湾政府への提出書類には、和訳がついており、対面の際はさらに丁寧な説明もしていただきました。
移植までのスケジュールや、支払い方法については、詳細かつ分かりやすい書類をその都度作成していただき、仕事をしながらでも予定を立てやすかったです。
Q. 子供を授かったお気持ちを聞かせてください
A. 約5年の不妊治療、さらにコロナ禍の移植・妊娠・出産は、安心できる時はありませんでした。妊娠初期には出血もありましたし、バニシング・ツインにもなりました。妊娠8ヶ月の頃にはコロナに罹患してしまい、自分よりお腹の赤ちゃんのことが心配でなりませんでした。
その分、我が子の力強い産声を聞いた時や対面した時は、千言万語を費やしても表現できない感動がありました。
出産した産科の看護師さんや助産師さんの「パパ似かな?ママ似かな?」という会話にも動揺することはありませんでしたし、「ママに似ていますね」と言われた時は、飛び上がりたいほど嬉しかったです。卵子提供による出産と知っていた助産師さんに「これから大切に育ててくれる○○さん(私)が、間違いなくこの子のお母さんですね」と言われた時は、涙が溢れ出ました。
出産して4ヶ月経った今、大変なことも多いですが、まんまるほっぺたや、ムチムチな手足が、愛おしさを増してくれています。一日一日健康でご機嫌よく過ごしてくれることを何より願っています。
Q. その他ご自由に記入ください
A. 着床する可能性を高めるために、子宮ポリープを切除したりはしましたが、一度の移植で無事に出産まで至ったのは本当に奇跡的なことでした。
それでも、せっかくドナーさんがスムーズに決まり、胚も出来て、いざ移植の段階になった時、コロナという思いもかけない出来事に見舞われ、2年近く移植に足止めを食うことになりました。
そんな中でも、大新生殖中心のスタッフの皆さんは、台湾の渡航状況や、不安を除いてくれるようなメールを頻繁に送ってくださいました。
他にも、東京のバックアップクリニックで薬の処方をしてもらうための指示書を作成していただいたり、分娩する病院で出生前検査をすべきかどうかを助言していただいたりと、数多くのサポートをしていただきました。
この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。
<記入日2023年9月2日>